April 2011アーカイブ

 科学的思考が既存の権益構造に対し敗北することはない
といったことを考えることがあった。その背景について、
ICRPの2007年勧告の抜粋の一部を訳した後に申し添える
ことにする。

ICRP2007年勧告(Pub.111)

原子力事故や緊急被曝の後、長期に亘り汚染された地域に
生活する人々を防護することに対する委員会の勧告の適用

実施要領

(o) 汚染された地域に生活する人々の防護を最も適切にする
ための基準レベルは、被曝状況というこのカテゴリーの管
理のためにICRP2007年勧告(Pub.103)の中で推奨される
1-20mSv/年のうち、より低いバンドの中に選択されるべき
である。長期の事故状況を最も適切にするプロセスを規制
するために用いられる基準となる値は1mSv/年になる。国
家当局は一般的な状況を考慮しても良く、また徐々に状況
を改善する中間点となる基準レベルを採用する全般的に考
慮された復興プログラムを適切な時期を見ながら採用する
ことを念頭においてもよい。

3. 汚染された地域に生活する人々の防護に対する委員会の
システムの適用

3.3. 個々の被曝を制限するための基準レベル

(45) 委員会は、個々の年実効線量(mSv/年)の観点から設
定された基準レベルが既存の被曝状況における被曝を最も
適切にするプロセスの計画と実施を組み合わせ用いられる
べきであるということを推奨する。その目的は、最も適切
な防護戦略や緩やかな幅をもつ基準レベルより低い個人線
量を低下させる目的をもつ戦略を実施することである。計
画段階では、最適化プロセスは基準レベル以下の推定線量
になるべきである。最適化プロセス実施の間、基準レベル
以上になることが懸念される個々の被曝線量を減らすため、
特別の注意が払われるべきである。また子供や妊婦などの
特定のグループにおいて特別の注意が払われるべきである。
しかし基準レベル以下の被曝が蔑ろにされるべきではなく、
それらの被曝は防護が最も適切にされているかどうか、も
しくはさらなる防護措置が必要とされるかどうかを確かめ
るために同様に評価されるべきである(ICRP, 2007, Para.
286)。

 ここで問題があり「福島の子供たちにとって20mSv/年は
安全ですか」といった問いは適切でなく、被曝線量は小さ
ければ小さい程危険性が少なく、これは閾値が存在しない
仮説を採用していることに基づくものだが、「・・・基準
レベルは・・・1-20mSv/年のうち、より低いバンドの中に
選択されるべきである・・・」と記した通り、基準は低け
れば低い程妥当であり、「・・・基準レベル以下の被曝が
蔑ろにされるべきではなく・・・」と記されている通り、
どこにも安全性を保証する話にはなっていないことを理解
して戴けるだろうか。

 科学的思考が語りかけることは何かというと、被曝線量
の大小が危険性の大小を説明することになるのだが、危険
性が小さいことは安全と同値であるといったことでなく(
つまり個々によって経過が異なるといった問題を内包して
おり、放射線のプロが考えることとは許容される範囲内で
できる限り被曝線量を低くするにはどういった備えが必要
かといったことになるのだろうと僭越ながら想像している
...)、その危険性を許容できるかといった個々の考え
方の問題と低線量被曝と晩発性障害の関係をどう考えるか
といった問題であろうと考えることがあるが、メディアの
説明の背景には以下の様なことが含まれるのだろう。

 つまりメディアに登場する放射線医学の専門家が語るこ
との背景には、メディアに登場することに関して彼ら自身
の経済的な問題とパブリシティをどう考えるかといった問
題があり、彼らの関心の対象である彼ら自身の被曝線量が
増加する問題ではないから、福島の空間線量の高い地域に
おいて子供たちが活動することに対して、被曝線量を低く
することが危険性を小さくすることに繋がるのだが、ICRP
の勧告で保証されている訳ではない安全といった言葉を強
調することになっている現状は、危険性が小さいといった
ことを安全と言い換えていることで説明され得るのだろう
(通常被曝し得る線量のレベルを安全と置き換えることも
考えられ得るが、こういった緊急事態においては意識して
避けることができるならば被曝線量を小さくすれば小さく
する程妥当であると考えるのが賢明だろうと考えることが
あり、それは原子力安全委員会のコメントが示す通りだが、
安全とは実際に個々が被害に遭わなければ安全だと言える
ものであり、個々の状況によってはどうなるか分からない
ときに使える言葉ではない、つまり確率的に安全であると
いった考え方を採用して構わない場合とそうでない場合が
ある、言い換えるならば徹底して確率的危険性を0に近づ
ける努力をし続けなければ賛同が得られない場合があると
いったことを考えることがあった、さらに言い換えると今
回の福島の子供に対する20mSv/年といった基準レベルは
科学的演繹の下での安全性でなく行政的判断の下での安全
性の担保になるであろうから、相応の賛同を得るための努
力が必要とされる問題になるだろうと考えることがある)。

 専門的知見を外部に求めるときその問いかけが間違って
いたら、見合った成果が得られないといったことはあり得
る問題であり、長期においては1mSv/年といった基準レベ
ルが求められているが、緊急時においてはどうなるのかと
いった問題とその緊急時にこういったリスクを考慮すれば
これだけのことができますよといったことと、半ば強制的
にリスクに晒される問題とはその本質が異なるのだろうと
いったことを考えることがあった。

 こういったことを全て理解して、校庭で1時間程度運動
をし、入念にうがいをするというのは、個々によっては可
能かもしれないが、自主的に行動する裁量の余地といった
ものを積極的に認めていき、リスク回避的な行動を認める
社会的バックグラウンドの整備といったものが求められる
ものに含まれるだろうとの考えを抱くことがある。この続
きはまた機会があればそのときに書き記すことにする。

 乱筆失礼、明日もがんばろう。

 では。

以下の論点はPROS and CONSの原子力エネルギーの項目からの
抜粋の一部を日本語に置き換えたものである。

チェルノブイリ原発事故の背景として生産性の追求によって安全
基準が犠牲にされたことによる安全基準の杜撰さといったことが
挙げられ、安全管理と手続きが厳格であればそうはならないとの
議論があった。

また原子力利用に付随してお役所主義と秘密主義に起因する様々
な問題が挙げられ、それは軍事技術に転用されることを恐れての
話になるが、これらは過去の問題であるとも言われていた(実際
は違っていたのだが..)。

しかしチェルノブイリ原発事故の12年後においてもスコットラン
ドの原野は危険な程度において汚染されており、また英国の管理
下にあるとはいえ、セラフィールド等の発電所や再処理施設周辺
では白血病の危険性が問題視されていた。

そして1950年代において原子力は安価であると約束されてきたが、
今日依然として原子力は納税者による補助を必要としている状況
であり、古い発電所は解体に100年と数十億のコストが必要であ
ると言われている。

他方、過去代替エネルギーの利用は非効率であると言われてきた
が、政府が代替エネルギーの研究開発に対し大規模に着手すれば、
それらの効率性と安全性は著しく改善するとも言われてきた。

ここに現在の福島の問題が加わることになるのだろう。どう現在
の福島が把握されているのか、WHOの水質ガイドラインに対す
るFAQを通じて眺めてみたい。以下の文章はその抜粋の一部の訳
文になり、URLは以下に示される。
http://www.who.int/hac/crises/jpn/faqs/en/index8.html

日本で水道水を飲むことは可能か。

・日本当局は入念に状況をモニタリングし、必要とされるとき、
 水道水の消費に対し助言しており、これは幼児に対する特定の
 勧告を含むものである。幼児に不可欠な水の摂取は放射性核種
 汚染に対する被曝量を減らすことを意図してそこなわれるべき
 ではない。

・この緊急事態に対し日本の当局によって採用された基準は注意
 を要するものである。現在、放射性ヨウ素は最もよく見受けら
 れる汚染物質である。成人に対する基準は飲料水1リットルあ
 たり300ベクレルである。このレベルで1年中飲料水が汚染され、
 消費されるといった起こりそうもないシナリオを採用すると、
 この水からの追加的な放射線被曝量は1年間における自然環境
 から受ける被曝線量と同等になるだろう。

何故飲料水中の放射性ヨウ素131に対する指標レベルが異なるのか。

 勧告の異なったセットの中で見受けられる指標レベルはそれぞ
 れ異なり、幾つかは通常の状況にあてはまり、他方は緊急の状
 況にあてはまるからである。以下の表は飲料水中の放射性ヨウ
 素131における指標を纏めており、通常の活動における同等量
 の被曝に関する示唆を与えるものである。(以下、示唆を省略)

 ガイドラインの名前 
 水における放射能に対し助言される最大レベル(Bq/L)

 飲料水の品質に対するWHOのガイドライン(1)   10
 成人に対する日本の暫定的な(緊急の)基準(2) 300
 幼児に対する日本の暫定的な(緊急の)基準(3) 100

 (1) 飲料水の品質に対するWHOのガイドラインは原子力緊急時
 に対する基準点としてとられるべきではなく、設定されたレベ
 ルは甚だしく慎重なものであり、生涯に亘る通常の被曝量にあ
 てはまるようにデザインされている。

 (2) 食べ物や飲み物の摂取における制限に関連した暫定基準
 値は日本の食品衛生法によって設けられており、日本の原子力
 安全委員会によって示されるとおりである。これらの基準は注
 意を要するものであり、国際的なガイダンスを考慮に入れてお
 り、IAEAや国際放射線防護委員会の勧告を含めたものである。

 (3) 上記の(2)と同様であるが離乳食を用意するために使われ
 る飲料水に適用できる。このレベルは離乳食のために国際食品
 規格委員会によって定められた国際的なガイドラインと同等で
 ある。

以上に述べた話は原子力利用とは異なり、放射性物質の拡散に纏
わる話だが、概ね国内の議論と海外の議論が類似していることは
同意して戴けるだろうかと考えている(ただ国内の議論ではある
程度のバイアスが掛かっていることは否めない)。

つまり現状を説明するならば、緊急事態としては仕方がない状況
だが、これが永続することは問題であり、その可能性は低いと見
積もられているが、その保証はないといったことになろうか(こ
れが分かりにくさを誘因している背景になろうか..)。これま
で下手な訳文が続いたが何らかの意味で役立つことがあるならば
幸いである。

明日もがんばろう。

では。

 随分大それたテーマだなと感じることはあるが、何が
必要とされているのかといったことを考慮すると、早い
か遅いか程度の違いしかないだろうと考えることがある。

 1977年、ICRP勧告第26号で採用されたLNTモデルには
色々と議論があり、例えば、2004年にNational Academy
of Sciencesに含まれるthe United States National
Research Councilは、ホルミシス効果が有害な影響を上
回る有意な健康上の便益をもたらすといった仮説を保証し
ないことを示しており、そのことがアメリカのwikipedia
に記述されている(こんなことを言うと孫引きは良くない
とお叱りを受ける気がすることもあるが..)。

 他方、2005年にAcadémie des SciencesとAcadémie
nationale de Médecineが公表すると同時にBEIR VII
reportが示したことだが、LNT仮説は10mSv以下の被曝に
対する放射線防護における評価基準にとって実用的なツー
ルになりうるが、生物学的概念に基づいていないため、
10mSv以下の被曝に関連したリスクを外挿によって評価す
ることやthe European directive 97-43を通じ放射線科医
に課される便益リスク評価に対して注意なしに用いられる
べきではないといった議論も前述のwikipediaに記述され
ている。

 そして低線量被曝が問題になっているが、晩発性障害の
危険性を広島で被爆者治療にあたられた肥田さんが指摘し
ており、慢性疲労症候群、ぶらぶら病に対して為す術がな
かった現状を様々なところで語っており、放射線医学が原
子力工学同様、国策の影響を多分に受けている危険性を抱
えていることを示している(福島の子供は大丈夫だろうか
といった問題意識は前述のような低線量被曝における議論
と学界が抱える闇が問題になっているからだろうと考える
ことがある)。

 毎日新聞によれば東電の損害賠償スキーム案は原発賠償
機構に対して電力会社の負担金、金融機関の融資、国の交
付国債が組み合わさった形で示されており、電気料金の値
上げを含むものであるとの報道がなされているが、国の在
り方といった構造そのものが変わらない限りは今後も問題
は続いていくだろうと考えることがあり、それ故の失われ
た20年ならぬ30年といった状況を経験することにも繋がる
ことがあろうかと考えることがあった。

 そしてObamaはCBSの60 Minutesの中で、I did not run
for office to be helping out a bunch of fat cat bankers
on Wall Streetと言ったが、「財務、経産、メディア、電
力会社を含む企業群、そして御用学者を含む学界といった
太ったどら猫を助けるために立候補した訳ではない」ぐら
いのことを語る候補者を許容する民意といったものが現在
求められているのだろうと考えることがあった。

 健全な社会の発展を阻害しているものが1つ1つ明白にな
りつつあるが、それを克服するためには全てを変えるしか
ないだろうといったややラディカルな見方に立つことの背
景は上記のようなことになろうか、いずれにせよ求められ
るものは幅広く徹底した議論であろうとの考えに変わりは
ない。

 乱筆失礼、明日もがんばろう。

 では。

 3〜4ヶ月前に、日本の会社員ではメディアの役割は務まら
ないといった内容の記事を書いた記憶があるが、同様に日本
の会社員では原子力関連の施設の管理は務まらないといった
ことに加え(つまりシビアアクシデントに対処できない)、
日本の役所では原子力政策をしっかりと管理する役割は務ま
らない(つまり頻繁に人事異動があることにより専門性と責
任感が希薄になる)のではないかといったことを考えること
があったが、これは学界を除外した話ではない。

 お互い会社員ですから仕方がないですねといった会話がメ
ディアと電力会社の間で交わされ、メディアと役所の間で組
織に属する者としてはお互い仕方ないですねといった会話が
交わされている可能性を否定することはできず、それならば
何故責任がとれないものに手を出したのかといった問題意識
が残ることになろうか。

 原発がどのような経緯で導入されたかについては色々論が
あるが、エネルギー事情が変化したこと、原発労働者の問題、
電力会社や電事連と大手メディアとの関係(熊取六人衆の見
解についてガス抜き程度に触れる一方、御用学者の見解を大
手をふるって取り上げることはまだ良い方で、様々な構造的
癒着があるように把握できるのはメディアの体質が旧いから
だろう)、事故のリスク等を考慮すると原子力事業から撤退
するのが妥当に思われることがあるが、推進派である経産省
や吉井議員の国会質疑に対し回答した保安院の寺坂氏および
それを支え続ける人々とその構造の今回の事故に対する責任
を適切に求めていくことぐらいのことはいの一番にやってい
かないと話が始まらないだろうと考えることがあった。

 さらに付け加えるならば緊急災害の予防に関して、例えば
大量にクジラが打ち上げられた時に大地震が起こるといった
現象に対し、ここで原発を停止する等の措置を取ることは、
オカルトの世界の話なのか科学技術の敗北といった話なのか
それともそれは今後予知技術が発達する上で解決される問題
なのか詰めておく必要があるように感じられることがある(
実際に茨城の海岸に大量にクジラが打ち上げられていてこれ
は大地震がくるといった噂がたっていたが、これはニュージ
ーランドの地震の2日前にも生じた現象だからやや普遍性が
ある問題かと考えることがあり、実際に大地震がきた..)。

 言いたいことはなあなあにしてはいけないといったことに
なる。どうでもいいことを報道し続け、肝心なことを報道し
ないメディアは廃れていくだろうし、それが市場というもの
だが、今はその過渡期にあると認識するのが妥当かもしれな
い(どうでもいいことに大事な問題が含まれることはあるが、
現状における選別は妥当性を欠いていると考えることがある)。

 乱筆失礼、明日もがんばろう。

 では。

 2010年チリ地震は太平洋側のナスカプレートが大陸側の
南アメリカプレートの下に沈み込んで起きた海溝型地震の
例であり(Mw8.8)、2004年スマトラ島沖地震はインド・
オーストラリアプレートがユーラシアプレートの下に沈み
込んで生じた海溝型地震の例であるが(Mw9.1)、東北地
方太平洋沖地震は太平洋プレートが北アメリカプレートの
下に沈み込んで起きた海溝型地震の例になり(Mw9.0)、
全ての数値はUSGSの公表値になるが、これらを同時に俯
瞰する必要があるだろうと考えることがあった。

 アスペリティ仮説に基づけば、プレート境界部の摩擦抵
抗の大きい部分(凸の部分つまりアスペリティ)が滑った
ときに大地震となり、大地震はどこでも発生し得るという
より予め決まった場所で発生し得るといった立場になり、
それ故、宮城県沖地震が懸念されていたことを松澤さんが
以下のURLにて解説している。
http://www.disaster.archi.tohoku.ac.jp
/symposium/forum3/matsuzawa.pdf

 そしてアスペリティ周辺のスロースリップの活動状況に
ついては地震予知連絡会が第189回の予知連の議事概要にお
いて報告しており、URLは以下に示される。
http://cais.gsi.go.jp/YOCHIREN/activity/189/189.html

 2004年スマトラ島沖地震の3ヶ月後に2005年スマトラ島
沖地震が発生しており(Mw8.6)、その後複数回に及ぶ本
震を経て2010年10月スマトラ島沖地震が発生していること
を鑑みると(Mw7.7)、東北地方太平洋沖地震に関して、
数ヶ月から10年のスパンで物事を眺める必要があるだろう
と考えることがあった。

 USGSの公表値については以下のURLで確認することが
できる。
http://earthquake.usgs.gov/earthquakes/eqinthenews/

 なまずが暴れる、イルカやクジラが打ち上げられるとい
った経験的予測(これを風評とは呼ばないだろう)に加え、
科学的姿勢をどこまで堅持できるかが問われる場面も今後
多々あろうかと考えている。

 2004年スマトラ島沖地震では震源域が長さ1200kmから
1300kmに及び、東北地方太平洋沖地震では震源域が南北約
500km、東西約200kmに及ぶことを考慮すると単なる類似
と考えることは妥当でないといった立場に立つことがある
が、詳細かつ迅速にデータを眺めた上で結論を出し続ける
ことが求められているのだろうと考えることがあった。

 乱筆失礼、明日もがんばろう。

 では。

 今から3〜4週間前だろうか、WONDAのおまけとして
スカイラインのミニカーが付いていたことが呼び水にな
った訳ではないだろうが、おまけ付き缶コーヒーが続い
ているなと感じている。

 無料で付いてくるものだから子供向けの遊び道具とし
て十二分に活用することはもとよりPC周辺の飾りとして
用いることが視野に入ってきてもおかしくはないという
ことに関し、別段問題はないだろうと考えることがある
(人によって見方は様々だが..)。

 偏った業界を例に挙げる意図はないがSEが職場のPC
の飾りとしてキャラクターグッズを置いていることが示
すことは何かというと、それが機械的な仕事にさらされ
ている職場環境に一服の清涼感を与えるとともに人間的
な癒しを求める心境がその背景にあるのだろうといった
ことを考えることがあったが、理工系の研究室のPCにつ
いて言及する意図はない(実際私自身キャラクターグッ
ズを飾っている研究室を見たことがない..当然か..)。

 BOSS RAINBOW MOUNTAIN BLENDが今から1〜2週
間前にシボレーのミニカーをおまけに付けていた。これ
はゼンマイで走る機能を有しているのだが、PC周辺の
飾りとすることについて然程問題はないかと考えている。
以下にその例の一部を示す。

110414-13555411

 そして昨日気付いたことだが、Roots Aroma Impact
微糖SPECIALに漫画のコナンのキャラクターグッズが
おまけとして付いていた。高さ3cm程だが、以下にその
例の一部を示す(可愛げがあり、つい2缶買ってしまっ
たと言うと、いいようにメーカーの営業部に利用されて
いる様な感が残り、反省すべきかもしれないが..)。

110414-13591611

 ここまでは趣味として許容範囲でしょうと考えている
が、ミニカーはともかくキャラクターグッズはグレーゾ
ーンでしょうといった見方があることを否定する意図は
ない。しかし以下の例は明らかにレッドカードでしょう
と考えるときがある(私はこの世代にあたるようだ..)。

110414-14002111

 上記の例は雑貨屋さんで180円ぐらいで売られている
ものだが、思い出深いといった視点は置いておいて、役
に立たないものに対して金銭を支払うといったことは社
会的に許容できるものではないといった見方に説得力が
あるかもしれないと考えることがあった。ただ言い訳め
いたことを述べさせてもらうならば、懐古の情といった
ものにも何某か存在意義といったものがあるのではない
かといった視点と成熟した見識を保有するとはどういう
ことかといった視点とのバランスを適切にとり続ける問
題でもあるように感じることがある。

 今日は久しぶりに何気ないことをつらつらと書き記し
てしまったが、こういった日常の一時といったものに価
値を見出す視点が何某かに貢献することがあるとするな
らば、幸いであると考えることがある。

 明日もがんばろう。

 では。

桜人としてぶらり。

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 「またや見む交野のみ野の桜狩り花の雪散る春の
あけぼの」新古今・春下、がどの様な状況で詠われ
たかは想像するしかないが、これじゃあ場所が全然
違うじゃんと言った話はさておき、例年のように私
が眺めている街角の一角は以下に示す通りになる。

Ts2702051

 帰りがてらに投票を済ませてきたが、地元の選挙
公報を見る限り全く目を引くところがなかったため、
これは何とかしなければいけないかなと考えること
があった。

 こんなことをしている場合ではないといった見方
があるものの、まあ好きにさせてもらうさといった
考えに随い、ぶらりとしている。

 また以前の様に取り留めのない日常を書き連ねる
日々に戻っても構わないかなと考える時があるが、
少々時期が悪いかなと考えることもある。

 明日もがんばろう。

 それでは。

 地域によっては全体的に空間線量が低下しているといっ
たことを測定値から確認することができるが、他方、ドイ
ツ気象庁(DWD)の図がやや誇張された印象を与えてしま
うかなと考えることがあり、独文全てを訳し下してみた(
量的には多くない)。URLと4/3時点の記事に対する日本語
対照訳は以下の通りになる(うまい訳文ではないと考える
こともある..)。
http://www.dwd.de/

日本における天候と拡散状況

2011/4/3

上の図:拡散状況 2011/4/3 UTC 時点でのモデルによる日本
の火曜日の朝の相対濃度の予測
寒冷前線の後退の後、高気圧が韓国と日本海から日本列島
の本州にまで広がる。さらにそれは北や北東からの風になる
だろう、そしてそれによって福島からの放射性物質の拡散は
南部へ向かうかもしれない。これらは太平洋上において放射
性物質の相対濃度を減少させる可能性があるが、一部は日本
列島の上に拡散するかもしれない。

真ん中の図:拡散状況 2011/4/3 UTC 時点でのモデルによる
日本の水曜日の朝の相対濃度の予測
水曜日には高気圧が日本の大部分を覆うだろう。その際に
それは乾燥した状態でとどまり、そして北日本を除いて弱い
風が吹く状況が生じるだろう。これが意味するところは、
限定的だが固有の風向きが与えられることとそれが局地的な
状況の影響を受ける可能性があることである。しかし現在の
シミュレーションが示唆することは、南西部の方向に運ばれ
る前に、汚染物質のほとんどが当面太平洋の東へ運ばれるだ
ろうということである。このことから日本の海域同様本州の
一部が影響を受けることが示される。

6時間毎のアニメーション(下の図をクリックして下さい)
が示すことは、放射性物質を含む大気の拡散が、期間は3日、
高さ250mに及ぶ福島原子力発電所の大気の固まりに由来し
ていることである。放出された放射性物質の量が未知のた
め、単に相対的分布と未知の濃度を源とする値が想定され
ている。現地における実際の放射性物質の拡散に対する帰納
的結論はそれゆえ現実的な情報でなく、BMU(www.bmu.de)
のサイトを訪れて欲しい。

 朝日新聞によると日本気象学会の理事長である新野先生
が「学会の関係者が不確実性を伴う情報を提供することは、
徒に国の防災対策に関する情報を混乱させる」「研究は大
切だが、放射性物質の拡散に特化して作った予測方法では
ない。社会的影響もあるので、政府が出すべきだと思う」
と3/18(金)に指示を出していたことが確認できるものの、
上記の通りドイツ気象庁に限らず欧州各国がシミュレーシ
ョンの結果を公表しており、その誤った解釈を避ける意味
でも最初からこれまでの研究内容の開示に積極的に動くこ
とは妥当かなと考えることがある(ただ当事者にしてみれ
ば何を言っているかと考えることもあるのだろう..私と
は立場が異なるが..)。

 いずれにしても確かにドイツ気象庁(DWD)の4/6の図
は関西から九州までを含んでいるものの、訳文にも記した
通り、「期間は3日、高さ250mに及ぶ福島原子力発電所の
大気の固まり」にどれだけの放射性物質が含まれているか
が分からない以上、その空気の拡散だけを眺めてあれこれ
言ってもどうしようもないことだけはお分かりいただける
かと考えている。

 ただ私はこういったシミュレーションは有益だと考えて
おり、それが一人歩きする危険性を憂慮するより、その先
の見通しをよくすることの利便性が優るなら、どんどん公
開されてしかるべきだとの考えを抱くことが多い。

 それでは。

 「影響は僅かなものである」といったコメントを
専門家や解説者から聞くことがあるが、ここで1つ
提案がある。

 医学的に眺めて問題が少ない農作物であるならば、
十分理解しているであろう医学部の食堂で優先的に
その農作物を食べ続けることが妥当に感じられるこ
とがあり(量的に少ないといった問題があるが..)、
他方で1年間食べ続けても問題が少ないと述べるなら
ば、その媒体である企業の社食やその根拠を支える
大学の学食で優先的にその農作物を食べ続けること
が妥当ではなかろうかと考えることがあるが(やは
りこれでは量的に少ないのだが..)、それは他の
食堂を除外した話ではない..そして外部被曝に加
えて複数の様々な食品や水道水を摂取し続けた上で
計算される数値であるにもかかわらず、暫定基準値
を超える単一の農産物や水道水のみを摂取し続けた
上で計算される数値を安全性の根拠に用いる一部の
専門家や大学教員(東大や東工大に所属する一部の
教員の話を聞いて考えさせられたことだが..)の
現状に対する説明に批判的な考慮を加えないメディ
アの報道姿勢(予め結論が決まっているのだから変
えようがないと言われそうな気配もあるが..)が
現状に対するさらなる不満を増大させていることに
繋がっているかもしれないと考えることがあった(
ただおそらくそのあたりは先方も折込済みだろう..
今更の話だ..)。

 風評被害を少なく抑えたいということは合理的な
思考の表れであろうと考えることがあるが、差し当
たりまず安全だと考える人が優先的にその農産物を
食べ続け(1回限りのパフォーマンスではいけない)
安全性を示す問題でもあり、今私は調べている最中
だから安全か否かについては留保するといった立場
の人間に対し「しっかりと勉強したなら結論は異な
る!」とだけ言うのは今食べたくない人に対しその
農産物を食べることを強要する言葉でもあるから、
些か問題があるだろうと考えるときがある(普通、
同じ研究者に対しそんなことを言わないでしょう?
私の知る限りそんな例はない..)。

 安全か否か(つまり安全性のリスクに対する評価)
は個々が決める側面があろうから、風評被害を避ける
ための説明がうまくいってない事例に繋がる蓋然性が
あると把握することも可能であるが、納得のいく説明
のみならず、納得のいく態度といったものが伴わなけ
れば、これはうまくいく問題ではないだろうと思われ、
結果もそれに随ったものになるだろう。

 私は個人的には食べたくなければ食べなくても構わ
ないといった立場で、むしろそれが当然であろうと考
えている。それは風評被害とは呼ばず、個人の意思の
表れになろうから、求められることは説明責任を果た
す言葉のみならず実際の態度であろうと考えることが
ある。

 おそらくこういった提案は批判が多いことと思われ
るが、実際の所何をどこまで理解しているかといった
問題になると、考えられていることをどこまで底上げ
することができるかも課題に加わると考えている(つ
まり結論ありきではなく、多様な根拠と理論の中から
妥当だと思われるものを選択するための、言い換える
ならば、専門家に結論を委ねるのでなく、個々が結論
を導き出すための環境の構築が求められていると考え
るときがあり、専門家に丸投げしない立場を保持しな
がら、個々が現状を正確に理解し判断することが求め
られていると考えることがある..)。

 そして危険性を確認しながらも安全性を許容する、
安全性を確認しながらも危険性を許容するといった問
題の本質をもう少し前面に出すべきではなかろうかと
考えることがある。

 さらに言うならリスクを負いたくない人に対し否応
なしにリスクを広範囲に負わせてしまった今回の事故
の影響に対し早い段階での今後の見通しをメディアや
専門家から聞く機会が少なかったのみならず、何故、
他分野の専門家が新たに当該分野を勉強しなければな
らないのかといったことを考慮すると、今更であるが
肩書きで判断する時代はとうに過ぎ去っているとはっ
きりと認識するべき時に来ており(当然の話であるが
人を見かけや肩書きで判断してはいけない..研究者
や専門家があらかじめある結論を前提に理論的背景を
説明することは在り得ることであり、前提を変えると
常識から乖離してしまうことが在り得るかもしれない
といったこと、単に話し慣れていないだけで不適切な
例えや説明を用いてしまうことなどは我々が大学等の
研究・教育機関で学ぶ通りであり、専門家や大学の教
員自身も認識していると思われるが、一般にその人物
を知らない教員のある学生に対する評価を鵜呑みにす
る教員の話をあまり聞かないことからも理解できる様
にそこに個人差があることは否めないだろう、それ故
どこで誰が何を語り、事実どうなったかをしっかりと
検証する必要があるだろうし、それに対する適切なフ
ィード・バックも求められるだろう..これは犯人捜
しではない、つまり安全性を語り人から信用を求める
ならそこに責任も伴いますよといった話になる、そし
て責任が取れないなら安全性を語る資格がないといっ
たことになる..)、しかしメディアの報道姿勢はそ
の旧態依然とした体質からか張り子の虎である権威を
利用することがあるため、個々の判断を尊重する環境
形成の促進を通じた問題の解決よりむしろ慎重に言葉
を選ぶことによる責任回避を十分に考慮した上、問題
をすり替えていることを常態化させていないだろうか
といったことを考慮することがあり、問題を解決する
ために議論を徹底して突き詰める世論の喚起が求めら
れて然るべきではないかと考えるときがある。

 それでは。

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2016・11・15 改訂
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  • Basic Word List
  • Basic Word List 3rd Edition
  • Samuel C. Brownstein (著), Mitchel Weiner (著), Sharon Weiner Green (著)
  • SAT、GRE用の語彙が2000語以上収録され、2009年4月に4th Editionが出版される。又、Synonym Testが750題、Comprehensive Testが75題付記されている。2005年8月に国内向けの訳本として『最強の英語ボキャブラリー1700語』が出版され、Synonym Testが500題、Comprehensive Testが50題付記されている。
  • 1100 Words You Need to Know
  • 1100 Words You Need to Know 4th Edition
  • Murray Bromberg (著), Melvin Gordon (著)
  • SAT用の語彙が920語、熟語が184語収録され、2008年6月に5th Editionが出版される。Review, 24題で1週分の知識の確認を、Analogy Review, 15~20題で10週分の確認を、Final Review Test, 150題で46週分の確認を行うことになる。1周しただけで定着する程簡単なものではなく、繰り返しが重要なことは他のボキャビル本と同様。音声教材として Wordplay: 550+ Words You Need to Know 2nd Edition が出されており、The Rambling Panthersから始まる7つのドラマに新出語句を散りばめている。
  • Kaplan Word Power
  • Kaplan Word Power 3rd Edition
  • Kaplan (著)
  • SAT、GRE用の語彙が750語収録され、Plug Inの10~15題で1課分の知識の確認を行うことになる。収録語彙の水準は類書よりやや高めで、Plug Inでの設問の尋ね方もやや高度なものになっている。具体的には Fill in the blanks. や Match the word closest to the word that means the opposite. といった形式に苦労した。又、音声教材として Kaplan Word Power (CD) があり、CD2枚の構成になっている。
  • Word Smart
  • Word Smart for the GRE, 2nd Edition
  • Princeton Review (著)
  • GRE用の語彙が678語収録され、Quick Quizは65課あり、6~15題で1課分の知識の確認を、Final Exam Drillの570題で57課分の確認を行うことになる。類書にSAT用のWord Smart、Word Smart Ⅱ等があり、それらを含めて繰り返し訓練するとなると、結構時間が掛かるのは当然だろう。又、音声教材としてSAT用だが The Princeton Review Word Smart CD があり、All or Nothingから始まる14のドラマに228語が散りばめられている。
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